廊下を歩いていると、見慣れた後ろ姿を発見した。
場にそぐわぬ派手な着物…と言えば、彼しか居ないだろう。
「菊千代さん!」
名を呼ぶと、その人物は裾を翻し淑やかに振り返る。
「桂華ちゃんじゃない。どうしたの?」
傍に寄ると、袂から小さな包みを取り出す。
「これ、この間のお返しです!」
「あたしにくれるの? 嬉しいわ」
それを受け取るや否や、がさがさと包みを開き始めた。
中から出てきたのは…。
「あら…これは帯留めかしら?」
「はい、菊千代さんに似合いそうだなと思いまし――」
「あたしの事を考えて…もう!」
「きゃっ!」
感極まった菊千代さんに突如抱き締められる。
彼はというと、嬉しさを示すように何度も何度も私に頬ずりをした。
「こんな事して…嬉しいじゃないの! 本当に可愛いんだからっ!」
逞しい胸板と力強い腕に挟まれ呼吸が…。
「あ、の…苦しいです…」
「あらら、ごめんなさい!」
やっと身体を解放され、呼吸を整えた。
「ふふっ…あたし達、考えてる事は同じなのね。はい、この間のお返し」
そう言って、彼も袂から細長い包みを取り出す。
「そんな、お返しなんて!」
「いいのよ。あたしがあげたいと思ったんだから!」
遠慮する私の手にその包みをぽんと置いていく。
「しかし…」
「もう、殿方の好意を無駄にしないの!」
普段は男性というと怒るのに、こんな時だけ利用するなんて…。
その変わり身の早さに少し飽きれつつも、彼の好意を受け入れることにした。
「分かりました。有難うございます」
「うふふっ、それね…貴女だけ特別なの!」
「…特別ですか?」
菊千代さんはきょろきょろと周囲を確認すると、顔を近づけてくる。
「他の娘には用意していないのよ。だから、皆には内緒ね?」
小声でそう言うと、彼は人差し指を口元に寄せた。
「はい、分かりました」
「うん、良いお返事。それじゃあ、行くわね」
彼と別れた後、その包みを開けてみると…。
蜻蛉玉の付いた可愛いらしい玉簪が二本入っていた。