薄雪に染まる町を眺め、盃を一口煽る。
めでたい日にしか出さないという上質な清酒は、喉越しも良く、絹のような柔らかさだった。
昼間だというのに、ここ柳屋も普段以上に賑わっているのは、やはり正月だからだろうか。
「旦那は何をしておられるのです?」
少しだけ開いていた襖から二つの顔がひょこっと現れた。
先に声をあげたのは姉の東風。質問をすると、首を傾げる。
「待ってるんだよ」
「どなたをです?」
続いて、南風が姉と同じ方へと首を傾ける。
「想い人をね」
「「想い人?」」
双子の声が綺麗に重なり合い、つい笑ってしまう。
『何をしているのです?』
「「姐様!」」
襖の向こうから聞こえてきた柔らかくも威厳のある声。
しとやかな足取りで現われたのは、柳屋の花形花魁・巽だった。
「誰かと思えば…。うちの子達の邪魔をしないで下さいな」
「いや、俺は…」
「東風、南風。部屋に戻りなさい」
花魁の一声で二つの小さな花達は散っていく。
襖がとん、と静かに閉められ、再びの静けさが訪れた。
だが、すぐに静寂を破ったのは階下から聞こえた二つの幼声。
『あぁ、姐様!!』
巽に向けるそれとは違う響きに、俺は笑みを浮かべた。
「やっと、見つけてくれたかな…」
階段を昇る足音が、一歩一歩と近づいてくる。
思い願っていた彼の人。
襖が開けば、そこには低い身の丈に華奢な体つきの彼女が立っているに違いない。
凛とした鈴の音のような声で、俺の名を呼ぶのだ。
くすりと笑うのと同時に、足音が部屋の前で止まった。
そして、ゆっくりと開かれた襖の向こうには――。
「やっぱりここに居たのね!」
両手を腰にあて、仁王立ちする姿は、思い描いていた女人ではなかった。
背丈は俺より高く、体つきも骨太で、声音は錆びた鈴のよう。
そう、立っていたのは彼女ではなく…。
「菊千代さん……」
「あら、そんなにがっかりした顔しなくてもいいじゃない!」
菊千代さんは、気を悪くしたと言わんばかりに頬を膨らませる。
「いや…桂華ちゃんが迎えに来てくれると思ったんで…」
「それは無理よ。今の城内は、てんてこ舞いなんだから!」
「新年ですもんね…はぁ…」
一つ溜息を吐き、思っていたよりも気落ちしていることに気づく。
俺はそんなに彼女に見つけてもらうのを、楽しみにしていたのか。
「そうよ。だからお城に戻るわよ!」
「へっ!?」
「人手が足りないの! 重ちゃんも手伝ってちょうだい!」
そう言って、太い腕にがっしりと手首を掴まれる。
こうなってしまっては、もう逃げることも出来ない。
例え、逃げられたとしても、その後の事を考えただけで寒気がする。
「はいはい、分かりましたよ」
今日は諦めて、お城に戻ることにしよう。
城内で彼女を見つけたら、声をかけるのだ。何故見つけてくれなかったのかと。
そして耳元で囁くのだ。次は君が探しに来て欲しいと、懇願するように。