【草紅葉】

「一体、何処に行くの?」
「あとちょっとだ!」
何度この会話を繰り返しただろう。
先を歩く慎弥の足取りは軽く、ここが山道であることを微塵も感じさせない。
私はといえば、やや平地より重くなった足取りで、斜面を登る。
これでも鍛えているはずなのに…と、少しだけ乱れた息を恨めしく思った。
「こっちだ、こっち!」
木々の開けた場所に着いた彼が、嬉しそうな表情で手招きをする。
「もう…」
溜息にも似た息を吐くと、私はその場所へと足を早めた。
そして、中空を見つめている慎弥の隣に立つと…。
「っ!」
見たことの無い光景に、息を飲んだ。
眼下に広がるは一面の草紅葉。
樹木のその色とは違った趣がそこに存在していた。
「凄ぇだろ?」
「…うん」
景色に見惚れていると、横からくすりと笑う声が聞こえてくる。
「一回、お前に見せてやりたかったんだ」
横を向くと、昔と変わらぬ笑顔を浮かべる幼馴染の姿があった。
「ありがとう」
私のためにと連れてきてくれたのが嬉しくて、無意識に口を衝いて出た。
「お、おぅ…」
ぶっきらぼうな返事と共に彼が顔を背けた。
けれども、それが照れ隠しと分かり、私は目を細める。
表情は見えなくても、耳まで真っ赤になっていたのだから。