【黄葉】

「廊下からは紅葉が見えましたが、こちらは銀杏がよく見えますね」
たまには話相手になれと言われ、宗泰様の部屋へとやってきた。
ここに向かう途中、庭に多く植えられていたのは紅葉…赤い葉の樹木だったが、
部屋に入った瞬間飛び込んできたのは鮮やかな黄色だった。
「父上に頼んで、銀杏だけにして貰ったんだよ」
「銀杏だけに? 何故です?」
「赤い色は、些か好みではなくてね」
彼は苦笑いを浮かべながら、そう答える。
確かに、紅葉の赤は綺麗だ。
だが、逆に綺麗すぎて…怖くなる時がある。
それは幼い日の――。
「桂華?」
思考を途絶えさせたのは、彼の声だった。
我に返り、私は心配させまいと尤もらしい言葉を述べる。
「も、申し訳ありません。銀杏の鮮やかさに、つい見蕩れてしまって…」
「…そうか。それなら、いいんだ」
宗泰様の表情は言葉に反して、浮かないまま。
だが、それ以上の追求をする事なく、話を続けた。
「銀杏にしたのはもう一つ理由があってね。
火事の絶えない江戸では、燃えにくい樹木として銀杏を植えていると聞いたんだ」
「私も、そのような話を聞いた事があります」
「うん。だから、延焼被害を食い止めるのに役立つと、父上に話をしてね。
ここもだけど、他の建屋の堺にも植えていただいたんだ」
言われて、幾つかの場所を思い出してみれば、
建物の境界となる場所には、銀杏が葉を茂らせていた。
「そうだったんですね」
「ここは…この城は、私の大切な場所だからな…」
真っ直ぐに見つめられた刹那、私は視線を逸らした。
一瞬交えたその瞳は、強い意志を帯び、心の奥を刺激しようとしていたから。
『あ~ら、二人して何の話です?』
返事に困っていた所へ救いの(女)神が現れる。
「ふふっ、お前には教えないよ」
「もう! 宗泰様の意地悪!」
「あのっ…私はここで失礼させていただきます」
菊千代さんを身代わりにすると、足早に部屋を後にする。
心に残る仄かな熱を抱きながら。