【褐葉】

「今年も綺麗に染まったわねぇ」
欅の巨木を見上げながら、菊千代さんが呟いた。
“ちょっと借りてくわね”と、将景様の前から強制的に連れ去られたのが数刻前のこと。
花を舞う蝶の如く、彼は何軒もの呉服屋を渡り歩く。
私はと言えば、その後ろ姿を追い掛け、ただ感想を述べる。
それが私に課せられた仕事…なのだが、どうしてこんなにも疲れているのか…。
それからしばらく、町中を練り歩き、辿り着いたのは大きな欅の木がある神社だった。
私も同様に社の傍らに立つ大きな木を見上げる。
「そうですね」
声に反応するように、一枚、また一枚と葉が落ちる。
葉の行方を目で追い掛けていた菊千代さんは、
やがて足下にしゃがみ込み、落ちたばかりの葉を拾い上げた。
「これ、持ってなさい」
「えっ?」
唐突に落ち葉を差し出され、私は首を傾げる。
「あら、知らない? この御神木の葉を持ってると良い事があるって噂」
「そうなんですか?」
初耳の噂話に、私は紅の葉を受け取りながら、目を丸くする。
「うん。あ、御利益があるからって大量に持ってても駄目みたい。
そういう所は、神様もお見通しなのね」
菊千代さんは呆れたように笑う。その表情につられ、私も少しだけ苦笑いを浮かべた。
「それじゃあ、次に行きましょうか!」
「……え?」
次という言葉に、私はつい疑問の声を上げる。
「驚くこと無いじゃないの。まだ目的の半分しか行ってないんだから!」
と、彼が私の腕にしがみつく。
「わわっ!!」
思わぬ重量に身体が蹌踉めく。
だが、体勢を立て直す間もなく、彼が足を踏み出した。
「さぁ、陽が暮れる前にどんどん行くわよ!」
こうしてお店を連れ回され、お屋敷に戻る頃には、辺りは宵闇に包まれていたのだった。